理事長挨拶

2022.05.23更新

日本行動計量学会理事長に就任して

狩野 裕

このたび日本行動計量学会の第10代理事長を拝命いたしました.初代理事長の(故)林知己夫先生の学会創設に思いを馳せ,前理事長の植野真臣先生の学会運営の実績を引継ぎ,そしてさらに発展させることができるよう微力を尽くす所存です.会員の皆様方のご協力をどうかよろしくお願い申し上げます.

学会のWebページをみますと,「行動計量学は,(中略) 諸分野における行動現象に着目し,右図のような一連のプロセスすべてを重視します.このプロセスを通して人間行動を規定するメカニズムを解明し,広く人間に関する知識を構築し,社会・経済・文化・技術にわたる諸分野での問題の発見と解決に貢献することを目指します」とあります.昨今,データサイエンスなる用語が盛んに用いられ,データサイエンスによる課題解決の典型的なプロセスとしてPPDACが語られますが,これは本学会の「人間行動・現象のメカニズムの理解01-05」と見事に符合します.PPDACProblem-Plan-Data-Analysis-Conclusionの略で,大元はニュージーランドの学校教育における課題解決の手続きとして導入されたものと記憶します.もちろん,その背後には,品質管理分野でよく使われたPDCA(Plan-Do-Check-Action)があることでしょう.

「人間行動・現象の・・・」とPPDACは独立に提出されたものと思われますが,結局は,課題を実証的に解決するプロセスはこの辺りに収斂するのでしょうか.本学会は,その中の例えば統計手法に偏ることなくプロセス全体を重視することが特徴となっています.また,対象分野においても,実証的方法が役割を果たす数多くの研究分野を対象にしています.これら二つの意味で,本学会はたいへんバランスが取れた組織であると言えると思います.

日本行動計量学会のもう一つの特徴は,統計ユーザへ向けての情報発信が盛んであるという伝統でしょうか.学会大会時のチュートリアルや例年3月に開催されている合宿セミナーなどが該当し,有料ながら多くの参加者があります.毎回適切なテーマを選定しPRを行い行事として成功させてきたことは大変すばらしいことで,関係者の努力に敬意を表します.

こういった特徴のある本学会がさらに発展するには,これらの特徴を活かすことがまず考えられます.20世紀は研究分野が分化し深化した時代であると言われ,21世紀は統合の時代と言われています.本学会に関係した諸研究分野が行動計量学を旗印に (or 横串に),有意義に情報交換しシナジー効果を発揮させ更に発展することに寄与できないでしょうか.次に,統計ユーザという言葉は木下冨雄先生(大会実行委員長を二回務められた.京都大学名誉教授)の統計ユーザ・メーカー論から来ていると思われますが,統計ユーザからメーカーへの流れがもっとあってもよいのではないでしょうか.つまり,統計ユーザから「今何が必要か」という観点でのメーカーへの情報発信があってもよいのではないかと思います.

もう一点はビッグデータ・AI・機械学習への対応であります.私は,AI・機械学習を統計学や行動計量学の発展形とは考えていません.そうではなく,扱う主な対象が異なるのだと理解しています.AI・機械学習はどちらかというとクールなデータを扱い,行動計量学はウォームな,つまり,人間臭いデータを扱うことを主にしているのではないかと思うのです.行動計量学者がデータをみるとき,データの背後にある様々な要因に思いを馳せます.つまり,データは人間行動や心の動きの指標(indicator)であると考えモデリングや解析をする訳です.だからと言って,AI・機械学習は行動計量学と関係のない別の学問であると言っているわけではありません.21世紀は統合の時代.行動計量学もAI・機械学習の特徴を取り込めば,新たな地平を拓くことができる可能性があります.近ぢか,学会創設50年を迎える日本行動計量学会.その発展に少しでも貢献しようではありませんか.